東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3562号 判決 1974年1月30日
原告
竹内道子
被告
共栄火災海上保険相互会社
主文
1 被告は、原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四八年五月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者の主張
一 原告 請求原因
(一) 保険契約の締結
被告は、昭和四六年一〇月一九日訴外安達三郎との間に、軽四輪自動車(六千葉は二八六九号、以下本件自動車という。)について、保険期間を、同日から昭和四七年一〇月一八日までとする、自動車損害賠償責任保険契約を締結した。
(二) 事故の発生
相川昂は次の交通事故で即死した。
1 日時 昭和四七年七月二八日午後二時頃
2 場所 千葉市祐光町一丁目先路上
3 加害車 本件自動車
運転者 訴外安達三郎
4 被害者 相川昂(以下単に被害者という。)
5 態様 道路を横断中の被害者に、本件自動車が衝突した。
(三) 責任原因
訴外安達三郎は、本件自動車の運行供用者として、自賠法三条により、本件事故による損害を賠償すべき義務があるので、同人と保険契約を締結した被告は、同法一六条により賠償義務がある。
(五) 損害
1 被害者の逸失利益と原告の相続
被害者は、本件事故当時ホステス斡旋業をしていたが、それにより少なくとも年収九〇万六、三〇〇円(昭和四六年度賃金センサスによる。)を下らない収入を得ており、事故がなければ、向後六年二ケ月間右程度の収入を得られたはずであるので、生活費を五割控除し、ホフマン式により年五分の中間利息を控除すると逸失利益の現価は、二六六万一、八〇〇円となる。
原告は、被害者の非嫡出子(昭和二八年五月一日認知)で、唯一の相続人であるから、右逸失利益を相続により取得した。
2 葬儀費用 三〇万円
3 慰藉料 三〇〇万円
(五) 結論
よつて、原告は、被告に対し右損害のうち、自賠責保険金の限度で五〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和四八年五月一九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告 答弁と主張
(一) 答弁
1 請求原因(一)(保険契約の締結)・(二)(事故の発生)(三)(責任原因)の各事実は、すべて認める。
2 同(四)(損害)の事実中、原告が被害者の認知を受けた非嫡出子で唯一の相続人であることは認め、その余は争う。
(二) 主張
1 本件事故当時被害者は、訴外白田愛子といわゆる内縁関係にあり、同人は、事故の結果扶養請求権を侵害され、また精神的損害を蒙つたと考えられる。従つて、原告が請求しうる金額は、白田愛子の右損害を控除した残額に限られるべきである。
2 自賠責保険では、遅延損害金は本来予定されていないので、その請求はできないというべきである。
三 原告 答弁
被告の主張は争う。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 請求原因(一)(保険契約の締結)・(二)(事故の発生)・(三)(責任原因)の各事実は、すべて当事者間に争いがない。
従つて、被告は、自賠法一六条により、本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
二 そこで、原告の蒙つた損害について検討する。
1 被害者の逸失利益と原告の相続
〔証拠略〕によれば、本件事故当時被害者は六四才(明治四〇年一一月一八日生)の男子で、ホステスの斡旋等の仕事をしていたことが認められ、その収入は明確でなく、〔証拠略〕によれば、余り健康ではなかつたことが認められるけれども、〔証拠略〕によつて認められる同人の預金の状況等に照らし、少なくとも同年令男子労働者の平均賃金の最低額程度は得る能力があつたと考えられる。従つて、昭和四六年度賃金センサス中の全産業男子労働者、企業規模一〇ないし九九人、小学・新中卒者の六〇才以上の平均給与額である年間七七万四、八〇〇円程度を、向後六年間は得られたものと推認されるので、その間の生活費としてその二分の一を控除し、ライプニツツ式により年五分の中間利息を控除すると、同人の逸失利益の現価は、次のとおり一九六万六、二八七円(円未満切捨。)と算定される。
七七万四、八〇〇円×〇・五×五・〇七六=一九六万六、二八七円
そして、原告は、被害者の認知を受けた非嫡出子で、唯一の相続人であることは当事者間に争いがないので、原告は、右逸失利益請求権を相続により取得したものと認められる。
2 慰藉料
前記認定の本件事故の態様、被害者の年令・職業、原告との関係等本件に現われた諸般の事情特に被害者は、原告にとつて実父で、往来のある唯一の近親者であつたこと等を考慮すると、本件事故により原告の蒙つた精神的苦痛は、三〇〇万円をもつて慰藉するのが相当と認められる。
3 葬儀費用
〔証拠略〕によれば、原告は、被害者の葬儀費用として三〇万円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
三 被告は、被害者には内縁の妻として訴外白田愛子がいたので、原告の請求から右白田愛子が蒙つた損害を控除すべきである旨主張するので検討するに、準婚関係として法的に保護されるべきいわゆる内縁とは、社会的事実として全くの夫婦であるのに、単に婚姻の届出を欠くだけの理由から法律上の夫婦と認められない男女の関係をいうものであり、その成立のためには、当事者間に夫婦共同生活関係を成立させようとする合意と、それに基づく事実関係を必要とすると解される。そこで、本件の場合、被害者と訴外白田愛子との間に、右の如き関係が存在するか否かを検討する。
〔証拠略〕によれば、
1 訴外白田愛子(以下単に白田という。)は、夫と死別後長男の一夫をつれ、料理屋で女給として働いていたが、昭和四二年一〇月頃、店へ客として来た被害者と知り合い、間もなく成田市内のアパートで一緒に生活するようになつたこと。
2 そして、昭和四三年八月頃、千葉市寒川のアパートへ二人で移つたが、当時被害者は、特に仕事にもつかず、白田が女給として勤め、二人の生活費をまかなつていたこと。
3 右アパートでしばらく生活するうち、被害者は、当時自分が持つていた土地を売り、適当な場所で自ら置屋を経営することを計画し、昭和四四年七月頃千葉市作草部町六〇五番地の七に家附きの土地を買求め、二人で転居し、転居後三ケ月程して、被害者は、同所で「赤坂」の名称で置屋を開業し、四名位の女性を使用して被害者は家に居て電話を取りつぎ、白田は、自らもホステスとしてお座敷へ出ていたこと。
4 右新居へ移つた際、被害者は、白田を連れて近所へ挨拶回りしたが、その際同人を自分の妻である旨紹介したこともあり、近所の人々の間では、被害者の妻として受け取られていたこと。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、右外形的事実と離れて二人の実際の生活状況を見てみると、〔証拠略〕によれば、
1 白田は、自分の息子である一夫に対し、被害者が乱暴するため、千葉市椿森二丁目四番一一号にアパートを借り、同所に一夫を住まわせていたが、被害者は、白田にも暴力を振つて虐待することが多く、同人は、その度に家出をし、右アパートや友人のアパート等へ移り、しばらくしてまた作草部へ戻るという生活をくり返していたこと。
2 そして、昭和四七年二月頃、被害者が暴力を振つた際、作草部の家を出て埼玉県の所沢へ友人を頼つて移り、その後は、当時息子の一夫も所沢に住み、同所で働いていたこともあり、所沢で女給として働いたり、また作草部へ来たりという生活を送つていたこと。
3 白田は、この間住民票を昭和四二年七月一五日千葉県船橋市本町一丁目一二七〇番地から千葉市椿森三丁目五番二〇号へ移し、同四五年一〇月四日亀井町一四番一三号へ、同四六年七月一二日には再び椿森三丁目五番二〇号へ移し、また同四七年二月一日には、埼玉県所沢市日吉町二八番六号へ、さらに同年一一月一〇日浦和市下大久保七七六番地三へと移したが、右各住民票上世帯主は、常に白田本人がなつていること。
4 被害者は、死亡当時かなりの銀行預金を持ち、これを出し入れしていたが、白田は、右事実を知らず、被害者の金銭管理には、まつたく関与していなかつたことがうかがわれること。
5 本件事故後、被害者の身元引受人が申出ないため、警察で調査に当つたが、その際白田のことは、問題とされた様子もなく、町内会長として生前被害者らと面識のあつた小林重次郎も、内妻であるという白田の存在については、調査にきた警察官にも何ら申し出ていないこと。
6 葬儀は、原告や被害者の義弟らが中心となつてとり行ない、その際白田は、配偶者であれば、通常予想されるような役割をはたした形跡もなく、単に葬儀に立会つたという程度に過ぎず、また式が終り次第、すぐ所沢へ戻つてしまい、その後、作草部の住居内の後仕末や同人の所帯道具その他を引取つたような事情もうかがわれないこと。
7 被害者と白田には、各々実子がいて、いずれも自分の子供とは交流があつたのに、互いに他方とはほとんど交際はなく、原告は、被害者の実子である原告の職業等についてもほとんど知らない状況であつたこと。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の各事実を総合すれば、被害者と白田との関係は、外形上夫婦と見られるが如き事実も存在するけれども、しかし、二人の実際の生活の状況をみると、白田は、被害者に乱暴されては家を出、また戻るということをくり返しており、預金等の被害者の財産については、まつたく独立に管理していたことがうかがわれ、また住民票を転々と移し、この間被害者と一緒にいたと認められる番地には一度も移していないこと等の事情からすれば、二人の生活が、はたして夫婦としての実体を備えていたものかどうかがかなり疑問である(特に白田が所沢へ移つてからは、その感が強い。)ばかりか、双方の実子との交流がほとんどなかつたことや葬儀時における白田の行動等に照らしても、二人が、真に終生夫婦として共同生活を営なむ意思を有していたものか疑わしく、これらの事情を考慮すれば、両者の関係をして、夫婦としての実体を備え、単に籍だけが入つていない関係であるとまで認めるには困難であり、従つて、法的に保護さるべきいわゆる内縁関係にあつたと認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
従つて、被告の右主張は、採用することができない。
四 よつて、前記各損害のうち、自賠責保険の限度での支払いを求める原告の本訴請求は、すべて理由があるのでこれを認容し、(本件訴状送達の日の翌日が昭和四八年五月一九日であることは、本件記録上明らかである。また被告は、自賠責保険金には、本来遅延損害金の支払いは、予定されていない旨主張するが、自賠法七二条による場合は一応別としても、同法の規定上そのように解すべき根拠はないし、保険会社が、保険金の支払いにつきその履行期を怠れば民法所定の遅延利息を附すべきは、むしろ当然である。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言の申立は、その必要がないものと認めこれを却下する。
(裁判官 大津千明)